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スウィープエコー
(時間とともに周波数が上昇するエコー)


1.スウィープエコーとは

比較的 反射率の高い対向壁の間でハンドクラップ(拍手1回)などの短音を発生させると,対向壁間で多重反射が起こり,特定の音色のフラッターエコー(鳴き竜)が生じることはよく知られている.このフラッターエコーの周波数成分は一定の周波数を保っている.しかし,反射率の高い壁・天井・床で囲まれた室(整形残響室)内で短音を発生させたときには,その反射音の周波数は時間に比例して直線的に上昇する.この事実は一般にはあまり知られていない.この反射音は,フラッターエコーと区別して「スウィープエコー」と名づけられた.以下に,その生成機構について解説する.

2.整形残響室で知覚されるスウィープエコー

図1の整形残響室(11m×8.8m×6.6m(高さ))内で短音を発生させたときに sweep音が知覚されることは,一人の研究員によって偶然 発見された.この研究員がこの残響室の中を歩いているとき,靴音の残響音とは異なる,異質な音が聞こえることに気付いた.手を叩くと更に明瞭にこの音が聞こえ,音の高さが上昇していく様子が聞こえた.この音を収音し解析を行った結果,確かに反射音の周波数が時間に比例して直線的に上昇するsweep音が観測された.図2にそのスペクトログラムを示す.横軸が時間,縦軸が周波数を表す.同図から,始めに約0.4秒の間に約1.5kHzまで上昇する第一のsweep音と,それに続いて比較的 緩やかに周波数の上昇する複数のsweep音が観測される.前者は比較的エネルギーが大きいことから主sweep音と呼び,後者は副sweep音と呼ぶ.これらのsweep音の生成機構は、以下に述べるように、整数論の知見を利用することにより説明することができる。ただし、簡易化のため,室形状は立方体を仮定した。

なお,[音を聞く]をクリックすると図2の音を聞くことができる.

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図1:スウィープエコーが発見された直方体残響室


図2:スウィープエコーのスペクトログラム

3.整形残響室内での反射パルス音の時間構造

図3は立方体室で生成される鏡像を表す.但し,音源(点音源)Sも受音点Rも室の中心にあるものとし,この中心を座標原点にとる.室の寸法をLで表すと,各鏡像の座標は(nxL, nyL, nzL)で表される.但し,nx, ny, nzは正負の整数である.この鏡像から受音点Rまでの距離dはピタゴラスの定理により,次式 (1)で表される.


図3:立方体室で生成される鏡像

反射パルス音が受音点Rに到達する時刻tは距離dを音速cで割ることにより次式(2)で表される.

式(2)から明らかな通り,到達時刻tは正負の3つの整数 nx, ny, nz の平方和の関数として表される.では,この平方和はどのような値をとるかが問題になる.簡易化のため時刻tを二乗して二乗時刻t2上で考えると、次式(3)となる.

整数論の知見[1]によると,このMは次式(5)の右辺の整数(禁止数)を除く全ての正の整数をとる.但し,k, m = 0, 1, 2, … である.また、この禁止数は正の整数全体の1/6を占める.

4.主sweep音の生成機構

禁止数が正の整数全体の1/6であるので、これを無視して考えると、3つの整数の平方和Mは、近似的に全ての正の整数をとる.そして反射パルス音列は二乗時間軸上で等間隔(L/c)2で並ぶことになる.すなわち,(n+1)番目とn番目の反射パルス音との到達時刻tn+1, tnの二乗時間軸上での間隔は次式(6)のように(L/c)2になる.

ここで時刻tn+1と tnの平均時刻 tm=(tn+1+tn)/2を考え,式(6)の左辺を因数分解して整理すると,時間軸上での間隔が次式(7)のように表される.
パルス音列の時間間隔が時刻tmに逆比例して減少していくことが解る.このことは図3の鏡像で,遠方にある鏡像(高次反射)ほど隣接する鏡像から受音点Rまでの行路が並行に近くなり,従って行路差が減少することからも明らかである.

ここでパルス音列の周波数を考える.等間隔パルス音列の周波数はパルス音列の時間間隔の逆数になる.そこで式(7)の反射パルス音間隔を短時間的には等間隔と近似し,時間間隔の逆数がその基本周波数f(tm)になると考えると次式(8)を得る.すなわち、基本周波数f(tm)は、時間に比例して上昇する。これが主sweep音の基本周波数となる.

5.副sweep音の生成機構

前節では3つの整数の平方和Mが全ての正の整数をとると近似したが,実際には禁止数のため反射パルス音が存在しない時刻がある.図4(a)はその様子を示した例である.但し振幅は等振幅に正規化している.図4(b)はMが全ての整数をとったときのパルス列を時間軸上で表したものであり,時間の経過とともに単調にパルス列間隔が減少している.これに対し,図4(a)には禁止数のためにパルスの欠落が生じている.この欠落は,禁止数に相当する時刻のパルスが図4(b)のパルス列に逆相で(図4(c))加算されたものと考えることができる.

式(5)に示した通り,禁止数は4k(8m+7) (k,m = 0, 1, 2, …)で表される.k = 0のとき,これは周期8の周期数列になる.すなわち,二乗時間軸上では,この禁止数は周期8(L/c)2で等間隔になる.この周期は主sweep音の周期(L/c)2の8倍なので,その周波数は主sweep音の1/8と上昇が緩やかになる.k = 1, 2, …, の場合は更に周期が長くなり,周波数の上昇は更に緩やかになる.このような禁止数の効果が副sweep音の生成機構と考えられる。


図4:副sweep音の生成機構
(a) 禁止数による反射パルスの欠落 [上]
(b) 二乗時間軸上で完全に等間隔なパルス列 [中]
(c) 図3のパルス列に逆相で加算される禁止数パルス列 [下]

参考文献
[1] M. R. Schroeder著,平野・野村共訳,"数論(上)",コロナ社 (1995) pp. 127-128.
[2] 清原,古家,金田,"整形残響室内で知覚されるsweep音の生成機構",信学技報(EA2000-19).
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